闇の子守唄 1―熱い。四方を炎に囲まれ、荒い呼吸を幾度も繰り返し、刀を握った。 遠くで、誰かが自分を呼ぶ声がした。 だがそれを無視して、刀を振るい、炎の中へと駆け出した。 熱い。 熱い― (暑い!) 肌に纏わりつくような暑さに耐え切れず、シエルはベッドから起き上がった。 「おはよう、シエル。」 「おはようございます。」 シエルが部屋から出ると、厨房ではシエルの養父・繁が朝食を作っていた。 「手伝います。」 「ありがとう。それにしても、暑いなぁ。」 「そうですね。」 両親を交通事故で亡くし、児童養護施設で暮らしていたシエルを、繁が引き取り、“家族”となった。 繁は、那覇市内で居酒屋を経営していた。 「おはよう、あ、シエルもう起きていたのか?」 「おはようございます。」 繁の長男・豊は、欠伸をしながら冷蔵庫から麦茶が入ったボトルを取り出すと、それをグラスの中に注いだ。 「今日も暑いなぁ~」 「そうですね。」 「なぁシエル、今日は朝練じゃなかったのか?」 「あ、そうだった!」 シエルが店内にある時計を見ると、それは7時を指していた。 「行って来ます!」 「シエル、弁当忘れんなよ。」 豊から弁当を受け取り、シエルは店の裏口から外に出て、中学校へと走っていった。 (こっちの方が近道か・・) 国際通りは普段観光客で賑わっているが、朝のこの時間帯は静かだった。 国際通りを抜けた花壇の近くに人だかりが出来ていたので、何だろうと思いながら花壇の方を見ると、そこではチェロを弾いている一人の青年の姿があった。 その音色は、優しくも哀愁を何処か感じさせるかのようなものだった。 シエルが目を閉じてその音色を聞いていると、脳裏にある映像が浮かんだ。 シエルは、何処か古びた洋館の仲を走っていた。 そして、シエルはある扉の前で立ち止まり、そして― 「ダメだ!」 我に返ったシエルは、自分が花壇の中に突っ込んでしまっている事に気づき、慌ててその場から立ち去った。 「遅かったな、シエル。」 「すいません・・」 何とかギリギリの時間で朝練に間に合ったシエルは、剣道部の朝練を終えた後、繁が作ってくれた弁当を教室で食べた。 「シエル、今日は何だか調子悪そうだね?」 「そうかなぁ。」 「お~いシエル、病院に行く時間だぞ!」 「わかった、すぐ行く!」 「明日の大会、遅れるなよ!」 クラスメイトに手を振ったシエルは、豊が運転するバイクで病院へと向かった。 「それで、“あの子”は、まだ見つからないのかい?」 「申し訳ありません。」 「まぁ、すぐに見つかるといいけどね。」 流れるように美しい銀髪の隙間から黄緑色の瞳を煌めかせながら、男は一枚の写真を見つめていた。 (もうすぐ、“弟”に会えるよ。) 病院から帰宅したシエルは、剣道の道着を学校に忘れてしまった事に気づいた。 「豊さん、僕学校に行って来ます!」 「俺が送っていくよ。」 「すぐに帰って来ますから!」 「気を付けるんだぞ!」 シエルが家を飛び出した後、彼のクラスメイトが店に入って来た。 「すいません、シエル君の道着を届けに来ました。」 「そうか、わざわざ済まないな。」 中学校の校門を越えて学校の中に入ったシエルは、一人の青年とぶつかった。 「漸く会えましたね、“坊ちゃん”。」 「あなたは、誰・・?」 シエルがその青年を見つめた時、獣のような唸り声が空気を震わせた。 「ひぃ!」 シエルが背後を振り向くと、そこには化物が―異形の化物が立っていた。 「“坊ちゃん”、こちらへ。」 「え、ちょっと、何・・」 青年は有無を言わさずシエルを抱き上げると、校舎の中へと入っていった。 理科室に入った青年は、シエルを床に寝かせた。 「あれは、一体・・」 「翼手、人を喰らい、その血を吸う化物です。」 青年はそう言うと、チェロケースから一振りの日本刀を取り出し、己の掌にその刃先を食い込ませた。 ジャンル別一覧
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